探仏記Ⅲ ~気まぐれ仏像探訪~

気が向いたら出かけてみようか・・・

快慶

仏旅(1日目): 滋賀編 石山寺~三井寺

夏休み恒例の奈良・京都の旅。

前日に石山寺で三十三年に一度の本尊開帳があるのを知り、これは行かねばと滋賀へ向かうことに。京都駅から石山寺駅まではJR~京阪を乗り継いで30分弱、ローカルな雰囲気の京阪石山坂本線で石山寺駅に到着。駅前は多宝塔のオブジェがポツンとあるだけ。

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石山寺
いしやまでら宗派: 東寺真言宗大本山拝観日:2016/8/13
所在地: 滋賀県大津市石山寺山号: 石光山拝観料:1,200円(特別料金)

駅から炎天下の中10分程度歩いてようやく到着。

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33年に一度の本尊御開帳・・・・すごい賑わい・・・・と思いきや人はまばら。

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■本堂
 
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さっそく本堂へ。内々陣に入り本尊とご対面。(画像はHPより)

平安の丈六仏。間近で拝観なので迫力あり。指先がしなやかで繊細、宝冠がゴージャス。六臂形ではなく二臂の如意輪観音平安仏らしい穏やかな顔立ち。想像以上に素晴らしい。本尊裏手には胎内仏の展示もあり。本尊や脇侍は元々は塑像だったようで、堂内右手の金剛蔵王心木は創建像の名残と見られる。

<クリックで拡大>
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他にも様々仏像があったが、右手にある
薬師如来は「初公開」とある。斜めから逆光で見づらいが端正な顔立ち・・・っぽい。正面から拝観できず残念。左右には二十八部衆が並ぶが総勢32躯・・・・暗くて遠目なので
+4躯が何なのかはわからず。
■多宝塔
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続いて国宝・多宝塔。塔内には快慶・作の大日如来が鎮座、中を覗くも暗くてよく見えず。単眼鏡で見ても白毫と眼が白く浮き上がるのみ。まぁ、現地拝観できたのでいいか・・・・最も美しい多宝塔を見れて満足。

<大日如来の解説
> 

<クリックで拡大>

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豊浄殿 「石山寺と紫式部」展
 
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仏像展示は六臂形の如意輪観音大日如来、旧御前立の如意輪観音半跏像の
3躯のみ。紫式部や源氏物語の事を知っていれば楽しめる展示なのかも・・・・取りあえず先もあるので早々に退館。

石山寺を辞した後、
圓福院(快慶・作とされる釈迦如来坐像がある)に寄りたかったが、お寺さんのご都合でNG。再び京阪石山坂本線で今度は三井寺へ
 

園城寺(三井寺)
おんじょうじ(みいでら)宗派: 天台寺門宗総本山拝観日:2016/8/13
所在地: 滋賀県大津市園城寺町山号: 長等山拝観料:600円 (収蔵庫300円)

こちらも駅から徒歩約10分で到着。総門とあるが、裏門的なところから入ってしまった。

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水観寺 → 観音堂 → 微妙寺 → 文化財収蔵庫
 
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最初の水観寺では小ぶりな薬師如来・十二神将などが祀ってあった。続いて延々と階段を上り観音堂へ。本尊は秘仏・如意輪観音
で当然拝観できず(以前に「三井寺展」で拝観)。眺望良さげだが、炎天下で息切れして見る気も起らずスルー。

追記: 三井寺展の図録を参照すると、どうやら観音堂の本尊厨子脇には愛染明王が安置されているようだ。中には入らなかったので未確認だが惜しいことをした。 
 
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道を間違えながら微妙寺に到着。「十一面観音」という立札にひかれて中に入るも肝心の十一面観音は向かいの収蔵庫にあるという微妙さ。西陣織で作られた十一面観音と黄不動の掛け軸が、一瞬本物かレプリカの像がそこにあるのかと錯覚するくらいよい出来栄え。真向いにある収蔵庫は別料金・・・・主に狩野派の襖絵などがあり、仏像は重文指定の4躯のみ。前述の
十一面観音はズングリ体型、卵型の頭部が特徴的な智証大師像、直立の吉祥天、子供を抱く訶梨帝母。画像はこちらのHPから閲覧可能→文化財収蔵庫

灌頂堂/三重塔 → 一切経蔵 → 金堂

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暑くて最早どのお堂も通り過ぎるだけ・・・・重文の三重塔は良さげだったがこちらもスルー。そしてやっと金堂に到着。
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桧皮葺の屋根が美しい国宝の金堂。本尊は秘仏・弥勒菩薩でこれまた当然非公開。中は本尊を取り囲むように仏像が沢山。

<クリックで拡大>
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気になったのは・・・・
毘沙門天: 「三井寺
」で拝観した慶派の作、運慶仏の雰囲気があり良仏
尊星王: 四臂で月輪上に片足立ちしている変わったお姿。彫像としては唯一
大日如来裏手中央に座す平安仏、どこかで拝観したような既視感
善女竜王: 円空仏が7躯、真ん中に大きめの像があり、残りは端材で作ったようだ

釈迦堂/仁王門

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最後に仁王門をくぐっておしまい。本来はこちらから入るんだろうけどね・・・・・


この後は奈良へ移動・・・・・奈良編に続く。

〔注〕 記載情報(宗派・山号・拝観料・文化財指定・仏像配置・名称など)は個人調べなので間違っていてもあしからず  

仏師・行快の仕事(2)

前回 「仏師・行快の仕事」 を記したのが昨年の12月19日。

当然ながらWikipediaで『行快』を検索して確認したのだが、その時には作品がそれほど多く記載されていなかった。様々な書籍を確認しつつ、自分なりに行快仏を特定してみたのだが、今日改めてWikipediaで『行快(仏師)』を確認してみると、あらら、沢山作品群が載ってる。更新日付が2015年12月18日 (金) 05:50 となっているから、記事をアップした前日には更新されていたようだ。まったく気付かず。


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《Wikipediaより》
●「地蔵菩薩立像」 藤田美術館蔵 「巧匠/法眼快慶」「開眼/行快」
「十大弟子像」のうち「優波離」 大報恩寺 「法眼/快慶/□□/行快/法橋」 「阿那律」「富楼那」が仏師のクセが出やすい耳の造形が近く、特に「阿那律」は同寺にある釈迦如来坐像と横顔における耳の配置なども酷似し、行快作の可能性が高い。
「阿弥陀三尊像」のうち「観音菩薩像」 滋賀・西教寺 「巧匠/法橋行快」
「阿弥陀如来立像」 極楽寺(城陽市) 「法橋行快」
「釈迦如来坐像」 大報恩寺 「巧匠/法眼行快」
「不動明王坐像」 金剛寺(京都国立博物館寄託)「造立大仏師法眼行快 小仏子字肥後公 字丹後公」、「天福二年」の墨書銘が見つかり、天福2年(1234年)行快の作であることが判明した。本像と対となる降三世明王坐像(奈良国立博物館寄託)も、銘記は確認されていないが、行快作である可能性が高い。
「阿弥陀如来立像」 阿弥陀寺(長浜市) 「巧匠/法眼行快」
「千手観音像」(第490号) 蓮華王院 「法眼行快」
「阿弥陀如来立像」 北十萬(大阪) 「巧匠/法眼□□」

行快作の可能性が高い像
「阿弥陀如来立像」 浄信寺(滋賀県) 「□□法橋行□」
「阿弥陀如来立像」 遍照寺(三重県) 1230年代頃か
「阿弥陀如来立像」(三尊のうち) 峰定寺 1230年代頃か
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自分が調べたものと比較してみる。(画像は前回記事からの使い回し) 
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[行]Wikipediaで行快仏とされてる
[推]Wikipediaで推定行快仏とされてる
[無]Wikipediaでは記述なし


■鉄馬童子選:行快作
[行]1.大報恩寺(京都)釈迦如来1227年頃「巧匠法眼行快」
[行]2.妙法院(京都)千手観音1249~63年「巧匠法眼行快」
[行]3.阿弥陀寺(滋賀)阿弥陀如来1235年「巧匠法眼行快」
[行]4.極楽寺(滋賀)阿弥陀如来1227年「法橋行快造之」
[行]5.北十萬(大阪)阿弥陀如来13世紀前半「巧匠法眼」
[無]6.浄土宗(京都)阿弥陀如来1212年推定 ※旧・玉桂寺(滋賀)所蔵
[推]7.遍照寺(三重)阿弥陀如来鎌倉中期推定
[行]8.金剛寺(大阪)不動明王1234年「造立大佛師法眼行快」
[推]9.同上降三世明王同上推定
[行]10.西教寺(滋賀)観音菩薩1216~27年「巧匠 法橋行快」
[無]11.同上阿弥陀如来同上推定
[無]12.同上勢至菩薩同上推定
[推]13.浄信寺(滋賀)阿弥陀如来1216~27年「□□ 法橋行」
■鉄馬童子選:行快または周辺仏師による作、快慶補佐としての作
[推]E1.峰定寺(京都)阿弥陀如来12xx年行快または周辺
[無]E2.常福寺(富山)阿弥陀如来12xx年行快または周辺
[無]E3.西岸寺(滋賀)阿弥陀如来12xx年行快周辺
[無]E4.華階寺(滋賀)阿弥陀如来12xx年行快周辺
[無]E5.青龍寺(滋賀)阿弥陀如来12xx年行快周辺
[行]E6.大報恩寺優波離1220年「法眼快慶□□行快法橋」銘(快慶補佐)
[推]E7.同上阿那律同上推定(快慶補佐)
[推]E8.同上富楼那同上推定(快慶補佐)
[行]E9.藤田美術館地蔵菩薩1208~23年「巧匠法眼快慶」「開眼行快」銘(快慶補佐)

行快銘がある仏像は
8躯 Wikipediaでは9躯
推定行快とされる仏像を加えると13躯 Wikipediaでは15躯

自分のカウントと異なるのが、大報恩寺・優波離と藤田美術館・地蔵菩薩が行快作とされているところ。
逆に西教寺・阿弥陀如来&勢至菩薩は明記されておらず、浄信寺・阿弥陀如来も推定行快作とされている。
浄土宗(旧玉桂寺)・阿弥陀如来は推定仏にも記載されていない。浄土宗のHPには「・・・
快慶の直弟子の行快作と想定される。」とあるけど。

先ほど気付いたため、あまり調べる時間がなかったのでまた今度いろいろ確認してみようと思う。
 

仏師・行快の仕事

注意:内容が冗長であり、内容についても個人調べの程度という事を最初に記しておく
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快慶・三尺阿弥陀を調べてて、別で気になったのが快慶の高弟である行快の仏像。行快仏は10躯近くあるようだが、あまり詳しくは調べてないので、過去の銘文発見時の新聞記事などで情報を探してみた。

①快慶の一番弟子、行快の作 大阪・金剛寺の重文仏像 (2010年11月
article1  『大阪府河内長野市の金剛寺にある重要文化財「不動明王坐像」(像の高さ258センチ)が、鎌倉時代の仏師快慶の一番弟子だった行快の作と分かり、同市教育委員会が10日発表した。修理方法などについて指導している長田寛康大阪経済大教授(美術史)は行快作とされる仏像はほかに7体あるが、今回のが最大で代表的な仏像となるだろう。制作年代も判明したことで、寺の変遷も分かる」としている。(後略) 〔共同〕

行快の作の仏像と確認 [滋賀] (2011年7月
article2 『滋賀県大津市の天台真盛宗総本山・西教寺に安置されていた木造阿弥陀三尊像の1体から、鎌倉時代を代表する仏師、快慶の一番弟子・行快(ぎょうかい)の墨書が見つかり、2011年7月15日(金)、大津市歴史博物館が発表した。銘文で行快作と確認されたのは7件目で、その中では最古。鎌倉初期の1216~1227年ごろの作品とみられる。行快の作品は大きな目やきつい表情などが特徴とされてきたが、同像の目は細く、優しい表情で快慶の作風に近い。(後略)』 〔InternetMuseum〕

長浜市指定文化財 木造阿弥陀如来立像(浄信寺) (2013年9月
 article3『(前略)平成24年に、大津市歴史博物館と東京文化財研究所が実施した文化財調査によって、左足枘(あしほぞ)外側に記された墨書きが「□□/法橋行」と読めることが判明しました。(中略行快の銘をもつ作品は全国で8例ほどが確認されていて、県内では、同じく法橋時代の作である大津市坂本・西教寺阿弥陀三尊像や、法眼時代の作である西浅井町菅浦・阿弥陀寺阿弥陀如来立像(1235年、重要文化財)などが知られます。(後略) 〔ながはまの文化財〕



記事①より金剛寺像・西教寺像・浄信寺像を除いて7躯あることになる。Webや文献を検索した結果、行快仏7躯は以下の1~7あたりになるかと思われる(順番は適当)。ただし、6・7は若干あやしい....「
行快作と想定される」「行快の作風に極めて近い」といった表現であくまでも推定行快作。

1.大報恩寺(京都) 釈迦如来 1227年頃 「巧匠法眼行快」
2.妙法院(京都) 千手観音 1249~63年 「巧匠法眼行快
3.阿弥陀寺(滋賀) 阿弥陀如来 1235年 「巧匠法眼行快」
4.極楽寺(滋賀) 阿弥陀如来 1227年 「法橋行快造之」
5.北十萬(大阪) 阿弥陀如来 13世紀前半 「巧匠法眼」
6.浄土宗(京都) 阿弥陀如来 1212年 推定 ※旧・玉桂寺(滋賀)所蔵
7.遍照寺(三重) 阿弥陀如来 鎌倉中期 推定

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記事①~③の仏像は以下の8~13の6躯。

8.金剛寺(大阪) 不動明王 1234年 「造立大佛師法眼行快」銘 ・・・記事①
9.同上 降三世明王  同上 推定
10.西教寺(滋賀) 観音菩薩 1216~27年 「巧匠 法橋行快」銘 ・・・記事②
11.同上 阿弥陀如来  同上 推定
12.同上 勢至菩薩  同上 推定
13.浄信寺(滋賀) 阿弥陀如来 1216~27年 「□□ 法橋行」銘 ・・・記事③
 
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以下のように記事の内容と照合しても矛盾がないように思える。(前述のように6・7あたりはあやしいけど)
②の記事:1~12の中で7件(1・2・3・4・5・8・10)に銘あり。
③の記事:1~13の中で、13は銘がある仏像としては8例目。


上記が正しいとすると、結論として...

行快銘がある仏像は
8躯

推定行快とされる仏像を加えると
13躯


...となる。半分以上が阿弥陀如来だが意外と多作、ここ最近1~2年おきに発見されてるので今後も増える可能性がある。ただ、拝観したことがあるのは金剛寺像、妙法院像、浄土宗像の4躯のみ、なかなか拝観は難しそう。
他に銘がある仏像、行快系統と想定される仏像は以下の通り。E6~E9は行快が作った可能性はあるものの基本的には快慶仏として扱われてる。

E1.峰定寺(京都) 阿弥陀如来 12xx年 行快または周辺
E2.常福寺(富山) 阿弥陀如来 12xx 行快または周辺
E3.西岸寺(滋賀) 阿弥陀如来 12xx 行快周辺
E4.華階寺(滋賀) 阿弥陀如来 12xx 行快周辺
E5.青龍寺(滋賀) 阿弥陀如来 12xx 行快周辺
E6.大報恩寺 優波離 1220 「法眼快慶□□行快法橋」銘 =快慶仏
E7.同上 阿那律 同上 推定
E8.同上 富楼那 同上 推定
E9.藤田美術館 地蔵菩薩 1208~23 「巧匠法眼快慶」「開眼行快」銘 =快慶仏

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行快仏は快慶の作風を踏襲しつつも、吊り目気味な顔立ちや、釈迦如来・明王像など堂々たる体躯で快慶仏以上に迫力があり、独自の個性を確立している点が魅力的。10年ほど前の書籍 「日本の美術(No459) 鎌倉時代の彫刻」 に興味深い記述がある。

 『大報恩寺や阿弥陀寺像を見ていると、行快は徐々に運慶風に心惹かれていったかにみられる。逆に湛慶は、快慶との造像も多く、快慶の影響を受けたように見えるのは面白い。』


運慶の後継=湛慶が快慶に、快慶の後継=行快が運慶に、それぞれ傾倒していったのだとしたらそれは慶派の棟梁・運慶には看過することができなかったかもしれない。もしかしたら運慶が生前に、快慶に傾倒していく湛慶に危機感を覚え、自分の作風を踏襲する次男・康運(=肥後定慶)に慶派の嫡流を継がせようとして三代目に康運の子息・康円を指名したのかもしれない。(康運=肥後定慶、康円=康運子息は一説であり、異説もある) 運慶没後、三十三間堂の復興事業では湛慶・康円・行快が慶派の代表格として共に活躍しているのは興味深い。後継者にしてみれば常に運慶と比較されるのは辛かったのかもね。いずれにせよ、時代と共に仏像の需要減退もあって運慶風は徐々に影を潜めていくことになる。

行快仏を調べてたはずがいつの間にか色々と妄想してしまった。仏像を
二次元でしか見ていないとこうなるので、年末にはどこか仏像拝観に出かけないと。
 

快慶…三尺阿弥陀の貌(3)

快慶・三尺阿弥陀の貌シリーズ第3弾

〔参考〕
第1弾 
快慶…三尺阿弥陀の貌
第2弾 快慶…三尺阿弥陀の貌 (改)

....といっても画像を差し替えただけ。新ネタもなく少々マンネリ気味。

前回から異なるのは、像高に基づき相対的に画像の大きさを変えてある点。また、快慶・作としていた興善寺像を外してある。何故ならば顔付きが少々他の快慶仏と異なる(画像で見た限りだが...)のと、像高がこの像だけ90cm級で他と大きさが異なる、といったところから。

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改めて画像で比較してみると、制作年代順があっているかは相当怪しいが、「貌」の変遷がわかって興味深い。

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おまけでもう一つ、快慶の高弟である行快・作の三尺阿弥陀と、快慶/行快に近い仏師の作と思われる像。
華階寺像は像高情報が見つけられず、取りあえず100cm級くらいと想定してある。

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※下記の追記を参照

上記で実際に拝観したことがあるのは、快慶仏が6躯、行快仏が1躯、その他が3躯、と少ない。その殆どが予約拝観になるので、全て拝観するのはかなり難しそう。是非ともここらで大規模な快慶展を開催してほしいものだ。


(追記) わかる範囲で文化財指定を追加。Wikipediaによると、本当かどうかわからないが、興善寺像は重文ながら古文書の附属的な扱いのようだ。確かに文化財データベースの仏像一覧には興善寺像が出てこないので不思議に思っていた。
>重要文化財: 源空、証空等自筆消息 2巻(附:木造阿弥陀如来立像1躯、漆塗筒形納骨器1箇)
>「古文書」として重要文化財に指定されており、阿弥陀如来像は重要文化財の「附」(つけたり)扱いになっている。
<Wikipediaより>

(追記2) 快慶・行快系統以外の三尺阿弥陀もいくつかピックアップして追加。
*海外の美術館蔵の2躯については
台座を含めた 増高しか記載がなかったので、像・台座のおよその比率より80cm級と想定。
藤田美術館像は取りあえず100cm級くらいと想定してある。


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『国宝 曜変天目茶碗と日本の美』展@サントリー美術館

先週は夕方から東博へ、今日は夕方からサントリー美術館へ。快慶・作の地蔵菩薩が来てると知って早速行ってみた。


 サントリー美術館 
 2015/8/7
藤田美術館の至宝 国宝 曜変天目茶碗と日本の美
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金・土曜は夜8時まで開館してるので、仕事帰りに寄ってみた。18:30頃到着したが、人もまばらでゆったり見れる。仏像関連は第1展示室の最初のところに集約されている。まず最初に千体聖観音菩薩(50躯のうち5躯)。

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30cmほどの小仏群。元々興福寺にあった千体仏のようで、廃仏毀釈で様々なところに売却されたようだ。その裏手に塑像の羅漢像、法隆寺五重塔にある塔本四面具にあったもののようだ。確かに五重塔の中にいそうな羅漢さん。そして、右手には神々しいオーラを発している快慶・作の地蔵菩薩!

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想像していたより小さかったが、彩色がよく残っており、表情も衣文の彫りも快慶らしい美仏。光背の梵字は文殊菩薩を表すようで別の像のものだった可能性もあるとの事。光背は中央部分が楕円形に空いていて、背中の衣文も確認できる。それがまた素晴らしい。何周もグルグル周って色んな角度から.....東大寺・地蔵菩薩も素晴らしいのだが、こちらも負けず劣らず素晴らしい、さすが快慶。快慶が法眼時代(後期)に造像しており、足枘には「開眼 行快」という銘が入っていることから玉眼部分は弟子の行快が担当したと考えられる。

快慶の地蔵菩薩は
東大寺蔵、藤田美術館蔵ともう1躯はアメリカにある。是非、まとめて招聘して3躯並べて展示してほしい。そういえば藤田美術館蔵の地蔵菩薩の出自に関する記載がなかったので、元々どこにあったかはわからないのかもしれない。入場料は100円割引で、それでも1200円と少しお高い感じがしたが、大阪の藤田美術館に見に行くことを思えばリーズナブルだし、これ1躯拝観するだけでも十分に元が取れると思う。この後の福岡巡回で展示予定の阿弥陀如来が東京では展示されないのが残念。

経文や書 → 絵画 → 着物 → 陶器 と続くのだが、もう最初の3つの展示だけでほぼ目的は達成。最後の第3展示室ではタイトルにもなっている、国宝の「 曜変天目茶碗」が展示されていて、ここだけは周囲に人だかりがしていた。ライトを浴びて浮かび上がる茶碗内部の模様がキラキラしていた(というくらいの感想).....
陶器は不勉強で良く分からない.....曜変天目茶碗.は未だに作り方が解明されておらず、しかも世界に3つ(!)しかなく、何と3つとも日本にあり、更に藤田美術館蔵のものが一番輝くものらしい。

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さて、8月後半には三井記念美術館で「特別展 蔵王権現と修験の秘宝」が開催され、慶派仏師である源慶・作の蔵王権現(奈良・如意輪寺)がやってくる。こちらも楽しみ!

mti




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