探仏記Ⅲ ~気まぐれ仏像探訪~

気が向いたら出かけてみようか・・・

考察

快慶…三尺阿弥陀の貌(3)

快慶・三尺阿弥陀の貌シリーズ第3弾

〔参考〕
第1弾 
快慶…三尺阿弥陀の貌
第2弾 快慶…三尺阿弥陀の貌 (改)

....といっても画像を差し替えただけ。新ネタもなく少々マンネリ気味。

前回から異なるのは、像高に基づき相対的に画像の大きさを変えてある点。また、快慶・作としていた興善寺像を外してある。何故ならば顔付きが少々他の快慶仏と異なる(画像で見た限りだが...)のと、像高がこの像だけ90cm級で他と大きさが異なる、といったところから。

annami_1


改めて画像で比較してみると、制作年代順があっているかは相当怪しいが、「貌」の変遷がわかって興味深い。

output_300

おまけでもう一つ、快慶の高弟である行快・作の三尺阿弥陀と、快慶/行快に近い仏師の作と思われる像。
華階寺像は像高情報が見つけられず、取りあえず100cm級くらいと想定してある。

annami_2



※下記の追記を参照

上記で実際に拝観したことがあるのは、快慶仏が6躯、行快仏が1躯、その他が3躯、と少ない。その殆どが予約拝観になるので、全て拝観するのはかなり難しそう。是非ともここらで大規模な快慶展を開催してほしいものだ。


(追記) わかる範囲で文化財指定を追加。Wikipediaによると、本当かどうかわからないが、興善寺像は重文ながら古文書の附属的な扱いのようだ。確かに文化財データベースの仏像一覧には興善寺像が出てこないので不思議に思っていた。
>重要文化財: 源空、証空等自筆消息 2巻(附:木造阿弥陀如来立像1躯、漆塗筒形納骨器1箇)
>「古文書」として重要文化財に指定されており、阿弥陀如来像は重要文化財の「附」(つけたり)扱いになっている。
<Wikipediaより>

(追記2) 快慶・行快系統以外の三尺阿弥陀もいくつかピックアップして追加。
*海外の美術館蔵の2躯については
台座を含めた 増高しか記載がなかったので、像・台座のおよその比率より80cm級と想定。
藤田美術館像は取りあえず100cm級くらいと想定してある。


annami_3

 

三十三間堂・千体千手観音: 配置図更新(※要確認)

昨日、16時少し前に東博に到着して、本館に入る前に初めて資料館へ行ってみた。閉架図書(書庫から出してもらう書籍)受付が16時までということで、どうしても閲覧したい本があり急いで貸出を依頼。

蓮華王院本堂千躰千手観音像修理報告書
』(1957年刊行) 本文/図録の2冊

三十三間堂の千体千手観音の修理の際に判明した創建当初仏や仏師銘が明確になった像が記載されており、図録には一部の画像も掲載されている。三十三間堂の千体千手観音の配置を確認している者にしてみれば必見の書なのである。とはいえ、当然撮影は禁止なので、時間の許す限り鉛筆でノートに写していく.....恐らく誤記もあるだろうけど、整理してみると以下のように分類ができる(一部の仏師で作数が合わなかったので、間違ってる可能性大)。退場の時わかったのだがコピーサービスがあった....番号を写し取るのに時間を取ってしまい、肝心の図録のほうはほぼ見れず。いずれまた来たいと思う。普通の図書館より10倍くらい楽しめることがわかった!

創建仏
長寛(124)22353943516277869597
101118133139144147157160174194
205213215219231271280300301314
321351359367373383385391418434
440449450456466485513522546547
552555557562569570573578581591
594599601602608609611614632647
652653655659661670676686688691
692703706711718722723731746747
751762764765767773788792793796
800833857863868874875882887890
898907918919942951954962964971
978983996999
1
慶派
湛慶 (9)10203040520530540550560
康円 (6)5060660680742949
行快 (1)490
1
以下、慶派様式(※明俊は院派寄りの作風のようだ)
春慶 (5)166189200422852
明俊 (6)531757758854937938
覚誉 (2)83976
1
円派
隆円 (37)92104108124265266330348349414
457468492500504519527579598618
620682685708735740743749784810
845869873926967982986
昌円 (12)18209236309390543574617625636
756997
栄円 (13)3403423434257208288439476366
472494606
勢円 (20)315790127130137154168243267
268290358423499699745813841856
1
以下、円派様式(※院久・朝順は院派様式にも銘がでてくる)
院久 (2)497695
朝順 (1)122
不明 (5)103151184627712
1
院派
院継 (14)99113167400419548565567645663
752809902927
院審 (1)545
院遍 (7)8487465533637849946
院承 (21)52707693197258286296338493
515529597600791806847865901904
911
院恵 (21)112170187188201245307308350387
467469610644737750844897917921
941
院瑜 (1)375
院豪 (10)89232260428516633667763803915
院賀 (17)79100110140186229427480489615
6657057057327859941000
院有 (6)1052637758929751001
院海 (5)2485107460571
院祚 (5)46208354827965
院玄 (7)596775123128807969
院快 (3)27369429
院好 (1)435
院算 (2)259870
院春 (1)539
院信 (1)345
院静 (3)25977995
伊賀房 (3)380596674
雲順 (1)730
円応 (1)240
覚順 (1)646
覚承 (1)159
観明 (1)928
慶運 (1)61
定承 (4)397426536894
不明 (3)17310319
1
以下、院派様式
栄顧 (2)53837
快順 (1)48
計信 (1)8
実槍 (1)374
性実 (1)452
朝順 (1)797
不明 (9)2347103109151388393627712
1
その他
室町 (1)32
玉眼入(5)7880120169459
1
以下は制作年代より誤記と考えられる
運慶 (1)510

時間がなく確認できなかったことがいくつか。
・院有という仏師が1001号尊を手掛けているがどこに配置されてるか不明(本尊後ろ?)
・仏師銘に
□作と□□分というのがあり、違いがわからず。取りあえず□□分に別の仏師銘がある時はそちらを作者としてある。

上記より配置図を更新。だいぶゴチャゴチャになってしまったが....
 33gendo

また時間ができたら確認に出向き更新することとする。今日のところはこれまで。


 ※2017年3月20日 追記 
上記の図において860号尊870号尊の位置が逆になっているので注意。

本記事を書く以前に訪問した時、現地で位置を確認したが、左端から数えて位置を特定しているため、間違いなく860号尊の位置に870号尊があったと思われる。ただし、その周辺の10躯が修復に出されていたこともあり、その兼ね合いで立ち位置が動かされていた可能性がある。2017年2月に訪問した際には870号尊は本来の位置にあったので、現段階で上図は誤っていて860号尊⇔870号尊として見てもらいたい。図を修正したいところだが、昨年末にPCのハードディスクがクラッシュして本データが失われてしまったため、残念ながらやりたくてもできない状態である。

中尊寺金色堂の諸尊

先日、中尊寺・金色堂の国宝仏を拝観して以来、興味がでてきて少し調べてみた。

まず、配置は以下のように初代・清衡の中央檀、向かって左側に二代・基衡の西南檀、右側に三代・秀衡の西北檀という構成。後ろの二つの檀は重なってる分だけ仏像が詰まって配置されてるようだ。
kjd-lo2

如来+脇侍+六地蔵+二天の11躯で構成されている点は各檀共通。

kjd-lo1
全部で11躯×3檀で33躯あるが、文化財指定は31躯となっている。西南檀の阿弥陀如来が附属扱いになっているのと、同じく西南檀の増長天は後補作のため除外されている。
西南檀・阿弥陀は当初像ではないようだ。各尊は制作時代が少しずつずれているため、よく見ると違う部分がある。


■阿弥陀如来
中央檀像は定朝様が顕著、西北檀像はもう少しシャープな顔付き、西南檀像のみ来迎印。中央檀像は衣文の襞が細かく、一番手が込んでいる気がする。前述の通り、西南檀像は文化財指定対象外で、恐らく当初像ではないと考えられる。個人的には西北檀像が好み。

csj-amd


■勢至菩薩
中央檀像はドッシリとした印象、他2躯は細身で天衣も省略形。

csj-bst


■地蔵菩薩
中央檀像は衣文の襞がかなり細かい。顔付きは時代を追うごとに丸顔から面長になっているように感じる。中央檀像の衣文が黒いが、これは金箔が剥落してるため。

csj-jzo


■持国天
中央檀像は動きが激しく左手を大きく上げている。西南檀像は腰の捻りは大きいものの大人しい印象、西北檀はほぼ仁王立ち。西北檀のみ2つの邪鬼を踏んでいる。

csj-ten


全体的には 中央檀 > 西北檀 > 西南檀 の順でクオリティーが高いと思う。

.....と書いている途中で、2009年 世田谷美術館 「平泉」展 で拝観した際に各壇の像がかなり入れ替わっているとの説明があった事を思い出し調べてみた(調べるといってもWikipedia....出自は文化庁の資料のようだが)。この説明を元に配置し直すと以下のようになる......全然違うし.....

kjd-lo3

六地蔵+二天は全て入れ替わってる......中央檀は、さすが初代だけあってクオリティー高いと思ってたのだが、実はほぼ三代の像に囲まれていたわけだ。しかも三代の主尊は実は二代のもので、と.....ややこしい。一体誰が、何のためにそんな事を?と思わずにはいられないが、でも今の配置が割としっくりきていることから、昔の人が気を利かせて中央に出来の良い像を集めたのかもしれない。

三十三間堂・千体千手観音: 総集編

三十三間堂・千手観音ネタの記事が多くなってるので、そろそろまとめを。

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  これまでの記事
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湛慶…千手観音の貌
年末京都一日探仏: (番外編)千体千手観音と雲中供養菩薩
三十三間堂・千体千手観音: 何号尊か調べてみる
三十三間堂・千体千手観音: 何号尊か調べてみる(2)
湛慶…千手観音の貌(10号尊と30号尊)
湛慶…千手観音の貌(30号尊 発見!)
湛慶…千手観音の貌(10躯の違い)


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    最新の情報
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■湛慶・作の30号尊の画像発見!
京博では残念ながら30号尊は展示されていなかったが、WEBや書籍で30号尊と思われる画像を2つ発見!
1000_030
左は先日京博紹介の番組の中で写っていたもの、これは30号尊で間違いなし。中央と右はパッと見でも同じ尊像。左画像の衣文剥落具合が影と混同して微妙だが、衣文の流れ、腕や天衣の位置などから3つの画像は同じと判断できる。
1000_030f
湛慶の他の作に比べて目付きが鋭い。


■今回の拝観メモより
(前提として、立札がない尊像の号数はあくまでも端からカウントして想像したもの)
・修復中で不在だったのは909~918号の10躯と考えられる(
前回12月は889~898号の10躯が不在
・今回新たに立札が確認できた尊像は以下の5躯(前回12月にはなかった気がする)
 350号:院恵、400号:院継、670号:創建時(長寛仏)、810号:隆円、869号(2列目):隆円 
・849号(2列目)は院通ではなく院遍・作と確認(訂正)
・919号(2列目)は定朝様の優美な長寛仏だが、立札があったか確認を失念
・画像未発見の590号・780号・790号は実仏を見れたが、どんな感じだったか忘れてしまった
・最南端にある湛慶・作の10号には何故か立札がない(理由不明)
・建物に関してだが、柱の位置は千体千手の両端は4本、中央は3本だった


■配置に関する疑問
最北側の1000号から順に990,980,....と1躯ずつ番号を数えながら見ていくと、860号の位置に「870号 院尊作」の立札がある。前回も確かこうだったはずで混乱したのだが、何故ひとつズレているのか結局わからず。
仮説① 何らかの事情で860号と870号の位置が入れ替わってる
仮説② 870号の立札が860号のところに間違って立っている(さすがにそれはないか)


■配置図と
最前列の100躯一覧(改定版)
上記の情報を元に配置図と一覧を修正(クリックで拡大)

ほぼ全ての尊像が画像と一致することを確認できたが、150号・570号だけは画像と若干違ってるような気がして絶対コレとは言い切れない(並びからして間違えてはいないと思うが・・・・) 。また、上記の情報を元に870号は立札の位置を正として、860号と入れ替えてある。(ただ860号の画像を見ると立札があるので、やはりこちらが本来は870号なのではないかと思ってしまう)
33gd4

1000_011000_02


■おススメの千体千手観音
最前列だけを見るにしても1躯1分弱くらいで75分ほどかかった。そんな事をする人は殆どいないと思うが、時間はかかるし疲れるしお勧めはしない。ただ、仕様は同じでも1躯ごとに個性的があり、その違いを見ていくのは面白いと思う。例えば、立札があるものを幾つかピックアップ。
best

左側から順に・・・・・919号尊は2列目にある長寛仏で最前列の仏群の間から見ることができる(立札ないかも)。定朝様が顕著で長寛仏の中でも最も優れているとされている。660号尊は運慶の孫・康円の作、眼が大きく個性的な顔立ち。330号尊は一番銘が多い隆円の作、東博にある同じ隆円・作の504号尊は正直今一つ印象に残っていないが、こちらを見ると力量ある仏師という事はわかる。160号尊は長寛仏で穏やかな面相、同じ長寛仏の440号尊と共によく写真が使われてる。一番最後に現れるのが
湛慶・作の10号尊(ただし立札はない)、顔が大きく眼付が鋭い。堂内に湛慶・作の立像が6躯あり見比べてみるとそれぞれかなり異なるのが見てわかると思う。弟子筋の仏師が作ったのかもしれない。これら以外にも120号尊(玉眼仏)の眼は涼しげ、200号尊はキリッとした顔立ち、320号尊はデコが広い、510号尊は華奢(運慶とは思えない)、....等々。


個人の思い入れだけで千体千手観音について色々書いてきたが(しかもほぼ見た目だけ)、今回をもって一区切りをつけようと思う。
(実はもうネタがない) 

湛慶…千手観音の貌(10躯の違い)

またま三十三間堂・千手観音ネタ。湛慶の千体千手観音9躯+中尊の貌をドアップにして並べてみた。このブログ、近頃は千体千手観音専用ブログになりつつある・・・・・それも面白いかも、そんなに更新するようなネタないけど。

tankei_1000



こうして並べるととても同じ仏師が造ったと思えないほど作風にバラつきがある。

10号尊は四角い顔にやや鋭い目付きで快慶仏のよう。実仏も顔が大きいように感じた。

20・520・560号尊あたりは割と似通っているようだが、実仏の印象が薄い。

30号尊は画像不明瞭で判別不能、また唯一実仏を拝観していない。

40号尊は一番整っている顔立ちに見えるが、実仏もっと四角い顔だった印象。

530・550号尊は顔幅が割と広いように見える。

540号尊は逆に細面。

中尊はさすがにドッシリ貫禄のある面貌だが、上記の9躯とはまた異なる。強いて言えば、10号尊の口元、560号尊の目元が何となく似通っているかな。

昨年末に三十三間堂に行った時の湛慶仏の印象は・・・・『520号は均整取れてて◎、その隣の530号は目離れ気味、540号は目寄り気味、550号は細面気味、560号は顔大きめ
』 と画像から受ける印象と異なる。ただ、正直昨年末の拝観のことはあまりよく覚えていない。何せ最前列の100躯をすべてメモ取りながら拝観してたので記憶が曖昧になりつつある・・・・

東博のホームページを見ると、40号尊他3躯が
8月2日まで展示されてる模様、何とか行かなくては!

できれば30号尊が展示されるタイミングに合わせて本家本元の京都・三十三間堂を再訪したいのだが・・・・・いつ頃になりそうでしょうか、京博さん?



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ところで東博で思い出したのだが、毎年夏休みの時期になると運慶・大日如来を中心とした慶派仏の展示が恒例になっているが、今年はどうなるのだろうか? 目玉の一つである真如苑・大日如来(運慶・作)は3月くらいに真如苑に戻ってしまったようだし、現在11室で光得寺・大日如来(運慶・作)、四天王眷属(康円・作)、3室で願生寺・阿弥陀如来と常連仏が公開されていることを考えると、今年の特別展示は慶派以外のテーマになるのか?・・・・・今後も慶派テーマで続けてください、東博さん!

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