探仏記Ⅲ ~気まぐれ仏像探訪~

気が向いたら出かけてみようか・・・

『木×仏像』@大阪市立美術館

(記載日:2017/6/3)

朝一で京都から大阪・天王寺に移動。京都は奈良も大阪も1時間以内で行けるので便利。

大阪市立美術館
木×仏像(きとぶつぞう) 飛鳥仏から円空へ
日本の木彫仏1000年

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開館前の9時過ぎに到着、既に5~6人の列ができていた。立派な建物だが、大阪「市立」と聞いてしまうと日本〇〇の会とかに民営化されて展示の質が落ちやしないか余計な心配をしたくなる。学芸員を攻撃する変な大臣とかもいるご時世、博物館商売もやりにくい時代になってきたのかも。そんな中、こういった興行重視ではない(...のかはわからないが)展覧会が開催されるのは実に有意義。

<パンフレットより>
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本来は館内の右半分のスペースにある第10展示室から進むのだが、開館直後でどの展示仏も人だかりがしていたので、一旦中央のロビーを横切り、反対側の左半分のスペースにある第5展示室から見ていく事に。

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まだ誰もいない展示室でゆっくり仏像と対峙、こういうのは結構好き。入るといきなり四天王と左右の持国・多聞天に囲まれる。四天王寺・四天王は左から広目天→持国天→増長天→多聞天と、持国・増長天が逆になっている。これは前日の講演でも説明のあった高野山金剛峯寺の大仏殿様四天王の持国・増長天像の名称がやはり逆になっている事と関連があるかもしれない。あちらは像の向きと視点により勘違いがあったかもしれないという説だったが、同じような事なのか。以下、気になった仏像をいくつか....

四天王 [四天王寺]:広目天の左手、手を裏に返した経巻の持ち方が特徴的。
十一面観音 [個人蔵]:円空仏(パンフに画像あり)。衣文の流麗な彫りが目を引く
蔵王権現 [大門寺]:トリオのうち、向かって右手の権現像は眼パッチリで躍動感がもの凄い!踊ってるよう
大元帥明王 [延命寺]:珍しい製作途中の仏像頭部。キリ点と呼ばれる彫位置のマークのような跡があちこちに
伝聖徳太子 [若山神社]:どう見ても神像、聖徳太子が神格化された、とも思えぬ


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続いて元の順路に戻り第10展示室へ。こちらは更に展示仏が多かった。入ってすぐ東博の菩薩像や、東大寺の「ヨッ」という感じの弥勒如来などの個性派仏。奥に進むと今回の目玉でもある西住寺・宝誌和尚。こちらも印象的なところをいくつか....

阿弥陀三尊 [四天王寺]@10室:中尊は螺髪がなく中央が盛り上がってるだけ。両脇侍は片足を挙げた珍しい姿
地蔵菩薩 [蓮花寺]@11室:今回一番凄いと思った仏像。険しい顔付きは近寄りがたいオーラを発している。戦時中に池に沈めて隠したという由縁のせいか顔・体に無数の荒々しい筋があり厳格さを際立たせるが、それが却って美しく感じられた
虚空蔵菩薩 [孝恩寺]@12室:ドッシリと目が座った感じが昔の上司を彷彿とさせ、眼を合わせる事ができず
阿弥陀如来 [大門寺]@13室:定朝様の秀作。台座が裳懸座である事から当初は釈迦如来で手を付け替えてる可能性ありとの事
阿弥陀如来 [専修寺]@13室:慶派の阿弥陀仏。蓮慶作かと解説にあったが、そもそも蓮慶とは何者?
地蔵菩薩 [春覚寺]@13室:快成作。前日の講演で八葉蓮華寺・阿弥陀像の光背が本像と共通であると説明があったばかり。仏師名に「快」が入っている快成なる人物の出自が大いに気になるところ

2時間ほどで退出。前日の快慶展で奈良博に7時間ほどいた事もあり少々疲労が残っていたため、これ以上は無理しない事に。もう一度確認したい仏像が意外と多いが記憶頼みにも限度がある。展覧会で図録を購入する事はほとんどなく、今回も購入しないで帰ってきてしまったが、少々後悔している。

「木」にこだわった展示、との事だったが正直なところ材質としての木の種類についてはそれぞれの特徴を掴むところまで見切れず。あくまでも時代ごとの作風や一木・寄木造りの違いなどのほうに興味が集中。それでも多くの木彫仏を十分に堪能できて満足度の高い展示だった。

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あべのハルカスが見えた。もしかしたら夏休みあたり、西大寺展大阪巡回時に行くかもしれない。
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京都駅に戻り、買い物をしていたら帰宅時間になってしまったのでこの日は他の場所には寄れず。近鉄線の電子公告には阿修羅。
わたしも、奈良派。...だけどね。

ふたたびの『快慶』展

(記載日:2017/6/6)(改題:2017/6/8)

快慶展からもう1週間以上......6月4日にはついに閉幕。あれこれ書いてみるもなかなか内容がまとまらない。印象は強く残っているのだが、細かい記憶が取り出せない。とりあえず画像と配置図だけアップしておこう。

当日の13:30に講堂で聴講した公開講座「快慶作品に関する二、三の問題」についてもまた別に記したい。


奈良国立博物館

二度目の快慶展。そしてこれが最後の快慶展。

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各尊とできるだけ沢山向き合おうと思いながら中へ....

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展示終了している孔雀明王を加えると全36軀の快慶仏が一堂に....まさに奇跡!


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行ったり来たり、近くで目を凝らしたり遠くで眺めたり、じっくり3時間、心置きなく拝観 .... いやいや、本当はまだその場を離れたくなく、閉館のアナウンスに後ろ髪引かれながら退館したのだった。こんな気持ちになるのはもちろん初めて。


入場者数が10万人超えとはなったものの、これだけの展示内容にしては少なかった気がする。それが春という季節だったからか、場所が奈良だったからか、快慶のネームバリューが思ったほどなかったからなのかはわからない。しかし、関係者の皆様には申し訳ないが、それでよかったのだと思う。快慶仏を愛する人々が、快慶仏とじっくり向かい合える空間がうまれたのだ。これ以上、贅沢な展覧会はかつてなく、これからもきっとないだろう。そんな貴重な場所に二度も来れたことを素直に喜びたい。

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これほど心に残る展覧会はかつてなかった。 この空前絶後の快慶展を実現して頂いた関係者の皆様方には感謝の言葉しかない。 各尊がそれぞれの場所に無事にお戻りになられますように....

璉珹寺~元興寺~なら仏像館

(記載日:2017/6/2)

10:00過ぎ、1ヶ月ぶりの奈良に到着。ここからバスで15分ほど移動。

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璉珹寺
山号常光山
宗派浄土真宗遣迎院派

秘仏開帳。ここは実に7年ぶり、正直前回の訪問時の事はほとんど覚えていない。

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こじんまりとした境内、何となく記憶にあり。

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本堂に入ると、中央厨子に鎌倉期の裸形阿弥陀如来、髪は清凉寺式釈迦如来のようで縄状に渦巻いている。向かって右側に平安期の観音菩薩、こちらのほうが古い事から元々の本尊は別にあったものと考えられるようだ。反対側の勢至菩薩は観音菩薩と同等の作風ながら室町期で後の時代に作風を模して造られたもの。本尊も脇侍2軀も重文指定。

<璉珹寺のパンフレットより>
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ちなみに本尊の袴は50年に一度、履き替えるようで、前回のものは本堂裏手に展示されている。眺めていたら、年配の女性の方が色々説明してくださった。袴には青龍・朱雀・白虎・玄武の四神がちりばめられて模様を成している。良く見ると非常に上品でセンスが良い。履き替える際にはまったく同じ仕様で作られるそう。隣においてあった幸福の鐘を鳴らして合掌したら、「鳴りやむまで...」と言われて暫し余韻に聞き入る。これで幸せになれる、筈。居心地の良いお寺であった。もう少しまったりしたいところだったが、次へと向かう。


元興寺
山号-
宗派真言律宗

徒歩で北進していると元興寺の脇を通ったので、久々に寄ってみる事に。

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何度か来ているはずだが、本堂は智光曼荼羅以外何があるのか記憶になく。あがってみると、中央の曼陀羅に向かって右手に智光、左手に頼光のお像、裏手には十王、背面の壁沿いには真言律宗開祖の叡尊(西大寺像の摸刻)、客仏の地蔵菩薩薬師十二神将など。

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続いて法輪館(収蔵庫)へ。

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入って左手の壁際、中央には平安期の阿弥陀如来。

<元興寺のパンフレットより>
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7年前に来た時から多少配置が変わっていた。3軀ほどが東京で開催中の「西大寺」展に出張中。阿弥陀仏の左手の薬師如来は慶派の作で顔付きが凛々しくてなかなかの秀作。以前は2Fに如意輪観音が1軀ポツンと佇んでいたが、今はすべて1Fのエリアに移っているようだった。

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奈良国立博物館

更に北進して12時少し前に本日の目的地、奈良博へ到着。公開講座を聴講しようと思って、12時からの配布の整理券をもらいに来たが既に長蛇の列。定員が200名弱だったので、あと10分ほど遅れていたら危なかったかも。

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13:30開始の講座まで時間があったので、博物館の地下でランチ。途中、物凄い数の学生が入ってきてビックリ。土日でも修学旅行に来てるのか.....何せ博物館は確か高校生まで無料だったような....こんな大勢と一緒になったらまずいと思い早々に食べて出てきた。

【なら仏像館】

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まだ少し時間があったので仏像館へ。学生もパラパラいてやや混雑していたが、特に支障はなく。先月来た時とラインナップは同じだった。

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この後の講演の内容についてはまた別で書く予定。とりあえず一旦ここまでで区切る。
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